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2008.10.31 :: 台北旅行レポ(2/2)  〜観光&台風でフライトが欠航に〜



■市内観光■
3日目は、ここ数年間マイブームな「プロマイド写真」を取りつつ、違うホテルに移動して、荷物を置いて、市内観光。ホテル目の前のガーデニング市場で何故か売っていた石鹸を購入した時に、おにぃさんがたくさんオマケをくれたので幸先よく1日が始まった。歴史的な建物や日本で言う原宿のようなエリアや、世界一高いビル(もうじきドバイのビルに抜かれる)である台北101などに行った。夜は表参道のようなエリアの路地裏にある感じの大衆食堂で、かなり美味しいラーメンを食べて、台湾ビールで乾杯!


■台風15号の影響で・・・■
最終日。帰国日前夜から強い風が吹き荒れ、雨も降っていたので、ホテルのフロントでフライト状況を確認してもらったら、私の便だけがキャンセルになっていた。でも、とりあえず空港に行ってみようということで、二人でタクシーに乗っているとJA○から私の携帯に電話があり、「今日と明日の午前中は全て欠航。明日の午後も微妙。明後日ならたぶん大丈夫」とのこと・・・。そこで、思った。4日前に入った海外旅行傷害保険には、「航空機遅延保険=1回の旅行につき○万円まで保証」が付いていた、と!6時間以上遅延した場合に発生した諸経費(食費・交通費・国際通信費・宿泊費)を負担してもらえるのだ。

■M川さんも・・・■
そして、当初離陸する予定やったM川さんのフライトも翌朝7:55発に変更されていた。というわけで、二人であと1泊!そこで、登場したのが、初日に「緊急用に」ともらっていたテレホンカード。公衆電話から、台北駅前の某ホテルに電話をして、予約できた。問い合わせてから、予約をするまでに結構時間がかかったので、自分の携帯を使っていたら相当高く付いたはず。テレカがあったお陰で、焦ることもなく、宿泊交渉が出来たので、初日に会ったKaさんに感謝。そして、その夜は、エステで全身アロマオイルリンパマッサージで旅の疲れを癒した。翌朝も天気は微妙やったけど、二人とも無事大阪と東京にそれぞれ帰って来れた。ホッ。


■台北旅行総括■
台北は今まで行った色々な国・地域の中では「また行きたい度」がかなり高い!国によっては、「もういいわ。充分見たわ」と数日滞在しただけで思う場所もあるけど、ここは違う。街によって、個性が全然違うし、古いエリアは半端なく古さが滲み出ていて味があり、新しいエリアはまるで違う国に来たんちゃうかという程、洗練されている。食事も未開拓なものがまだまだ一杯ありそう。市内を縦横無尽に走りまわるバスの乗りこなせていないし、台湾語も全然使えなかった(最終日のチェックアウトは英語が使えないふりをして、直前に覚えた台湾語onlyで頑張ってみたけど。通じていたかどうかは・・・)。近いうちに、また戻りたいなぁ。

2008.10.31 :: 台北旅行レポ(1/2) 〜運命的な出来事〜

台北行って来た。数週間前に。

いつもは、海外旅行に行く時は事前に海外旅行傷害保険に加入しているのに、今回はそれを空港の自動加入機を見るまですっかり忘れてた。そこで、急いで3000円払って、加入した。これが、4日後に役立つ事になるとはこの時は思ってもいなかった。

■飛行機の中で、そしてM川さんと再会■
行きの飛行機の中では、隣に座った3歳年上の台湾人女性、Kaさんと筆談で会話が弾んだ。お互いの過去、現在、将来の夢などについて、漢字を通して熱く語り合った。そして飛行機が着陸した際に、彼女が「緊急用」ということで、小銭とテレホンカードをくれた。海外でも使える携帯を持ってるし、お金も両替してるからいい、と断ったけど、それでも「いいから、いいから。緊急事態が発生するかもしれないから」と渡してくれた。小銭は結局、自分がその後お札で支払って戻ってきた小銭とごっちゃになってしまったが、テレホンカードはその4日後に図らずも「緊急事態」で大活躍することとなった。


■台北市内で接した暖かい台湾人たち■
その後、大阪から台北入りしていたM川さんと感動の再会。海外での待ち合わせは何度やっても少なからずスリルは感じるが、無事会えてホッとした。その夜は近場でご飯を食べてから、マンゴー系のデザートを食べに夜市を探しながら彷徨っていると、おじさんが「どこに行きたいねん?」つって英語で話しかけて来てくれて、色々とあって最終的にはそのおじさんに豆乳ジュースと揚げパンのような物を奢ってもらった。ええ人や。そもそも、今回の事に限らず、台湾の方たちは皆フレンドリーで、困っていたら声を掛けてくれて、何かと助けてくれる。それだけで、台湾が好きになった。初日の夜は、ホテルでポテチと「超の油切」と日本語で書かれた痩せそうなお茶で乾杯。

■九イ分にて■


2日目は日帰りで、九イ分まで足を伸ばした。バスで約90分の旅やったかな?映画の舞台にもなった、ノスタルジックな町並みがなんともいい味を出していた。入り組んだ細い路地のおかげで、方向音痴の私は地図を見ても自分がどこにおるのか分からなかったが、途中台湾らしいカラフルな寺院を見学したり、それぞれ別々で知り合った台湾人が二人ともおススメしていた、スイーツ屋に立ち寄ったり、遠くの方で海が見えるカフェレストランでランチを食べて、思いっきり九イ分を堪能して台北に戻った。そして、夜市へGo!あの活気はそこにいるだけで興奮する。春巻を食べたくて、かなり多くの人に聞きながら彷徨うも、どこにも見当たらず・・・。でも、なにやら色々と食べて、町中を走り回るゴキBから逃げながら、ホテルに戻り、ポテチとビールで乾杯。



2008.10.30 :: 欧州旅行レポ(4/4) 〜ライン川沿いの小さな町〜

(つづき)



■リューデスハイムにて■
ドイツ最後の1泊は、ライン川沿いの白ワインで有名な小さな町、リューデスハイムでする事になっていた。ライン川沿いを走る電車に揺られながら、窓外に時々見える古城に興奮しつつ移動し、到着。ホテルは駅からは思ったより遠かったが、おとぎ話に出てくるようなかわいらしい町並みにウキウキしながら歩いたので、さほど遠いとは思わなかった。チェックインして外を歩いていると、結婚式でご一緒したW君らご一行と偶然会った。W君以外は1時間程観光してから帰るとの事だったが、そこで泊まるW君とは夕ご飯を一緒に食べる約束をして一旦別れた。我々は、まず腹ごしらえに、シュパーゲルを一皿ずつ味わった。うむ、何度食べても美味しい。行きの飛行機で「白アスパラガス(シュパーゲル)を食べなよ」とアドバイスしてくれたおじ様に感謝。



その後、散策していたら偶然見つけた眺めのいい高台のワイン畑で充てもなく歩きながらふざけた「プロマイド写真」を大量に撮った。このワイン畑で味わったのどかな時間の流れ、物凄く心地良かったなぁ。思い出すだけで癒される。そして、おみやげ物を物色してから、一旦ホテルに戻って休憩し、夕食の為に再度外出したのが21時ごろやったかな?W君と再会して、色々なお店を覗いてみたんやけど、既に"The kitchen is closed"と言われて、ゆっ くり食事ができるお店が見つからず、結局行き着いたのが、軽食が食べられる、踊れるバー。DJのセンスと私の好みが合わなくて、踊りたいと思える曲が全くなく、私は結局踊ってへんけど、北欧から来たという団体や、中国人カップルがやたらと羽目を外していて、それを観ているだけで満足。その日は、夜中までそのお店にいて、クタクタになってホテルに戻った。



■フランクフルトにて、そして帰国■
リューデスハイムから電車でフランクフルトに移動し、5時間ほど観光ができた。相変わらず、教会が多かった。そして、後ろ髪を引かれる想いで帰国した。日本到着は16時頃。10日以上、日本食を全く食べていなかった我々は、日本食がやたらと恋しくなっており、空港から某駅の居酒屋和○に直行し、たらふく食べて帰宅後爆睡。



■旅の総括■
昨年のメルボルン同様、全て個人で手配だったためか、色々な都市を動き回った割りにはかなり安く行けたんちゃうかな。今回の旅で、相方と私と二人で撮った写真が全部で2000枚。ビデオ撮影時間が全部で12時間。アホ夫婦や。撮りすぎや。I子さんは21世紀を一緒にドイツで迎えた21世紀仲間。次の旅行の行き先は、○ン○ー○○ッ○と決めている。今から楽しみ。

2008.10.10 :: 欧州旅行レポ(3/4) 〜ドイツの結婚式〜

(つづき)
5月31日(土)曇り空

食べても食べても太らなかった今となっては夢のような時代、そう、10代の頃に知り合ったビアガがついに結婚の日を迎えた。ダビとビアガの飲み友達、スキー友達であるI子さんと相方と3人で市役所での結婚式セレモニーにご招待頂いたので、早起きして準備開始。

■市役所でのセレモニー■
日本にも色々な結婚式のパターンがあるように、彼らも彼らなりの方法を選んだ。「私はクリスチャンじゃないしぃ」という私と全く同じ理由で、ビアガも教会ではない場所での式を選んだ。そこは、市役所。でも、日本の市役所とは違って、歴史的な趣きのある美しい建物。そこで、新郎新婦の証人(新郎の弟と新婦の妹)立会いのもと、結婚証明書に調印をするという簡単なセレモニーが行われる。



市役所に行ってみると、その日結婚するカップルや親族や友人らが他にも大勢いてとても賑やかな雰囲気やった。初めてお会いする、新郎新婦のご両親と挨拶を交わして、待っていると真っ赤なリムジンに乗って、二人が登場!ビアガ、めっちゃキレイ!ふと、彼女のご両親の顔を見ると、目に一杯涙をためて、幸せそうに笑ってはった。それを見て、私ももらい泣きしそうになりながら、「おめでとー!」「ダビ、カッコイイ!」「ビアガ、キレイ!」を連呼していた。

その後、市役所内の天井の高い雰囲気のある部屋で、調印式が厳かに行われた。そして、調印式が終わって、外に出るとなんと和太鼓が鳴り響いているではないか!見てみると、10名ほどの白人(たぶん全員ドイツ人)が、本格的な格好で本格的に叩いていた。どうやら、ビアガが出席者へのサプライズとして手配した和太鼓チームだったようで、関係者も全く関係のない他の結婚セレモニーの為に来ていた人達も、皆見入っていた。その後、カクテルが振舞われて談話タイム。私はビデオカメラ片手に、日本から来た彼らの友人や、ドイツ人の友人、ご両親など色々な人にメッセージをもらった。

市役所でのセレモニーと談話タイムと写真撮影タイムが終わった途端、雨が振り出した。親族と日本から来た友人だけがランチに招待されていたので、雨の中レストランに急行。3面ガラス張りで、雨さえ降っていなければライン川の眺めが美しかった有名なレストランでのランチは、今まで食べて来た大雑把な味付け(それはそれで美味しいが)とは違い、繊細な味付けでかなり美味しかった。ビアガのお父様がスピーチで「わたしは娘を失ったと思ってはいないので、淋しくありません。逆に、息子が増えた喜びで一杯です」とおっしゃっていた。私の父も似たような事を言ってたなぁ。どこの国でも一緒やなぁ。しみじみ。



■ヴィラでの貸切パーティ■
ランチの後は、ホテルに一旦戻って、一休み。私はパーティで新婦友人代表としてのスピーチを頼まれていたので、一応簡単に話す内容の箇条書きと、日本から調べて行ったドイツ語の「結婚おめでとう。末永くお幸せに」を紙に書いて準備をした。その後、ヴィラ(広い庭とプールが付いている白い洋館)に移動。その頃には既に雨も止んでいて、清々しい天気になっていた。次々にやってくる友達や親族。普段接していると、彼らがドイツ人やという事をほとんど意識することはないけど、その時は彼らがドイツで生まれ育って、生活拠点はドイツだったのかぁという事を初めて実感した。いよいよ、パーティが始まる!



全員がテーブルについて、新郎新婦の入場を待っているころ、私は裏でビアガのウェディングドレスとヘアスタイルを和風にアレンジしていた。ビアガと一緒に買いに行って選んだ浴衣の帯を、私がミシンや手縫いでアレンジした和風巨大腰巻きリボンと、かんざしで。そして、新郎のダビには、超掘り出しものやった羽織を着せた。準備が出来て急いで席に戻ると、すぐに二人が入場してきた。そして、相方と私の結婚式を見て触発されて購入したという酒樽(ミニサイズ)で鏡開きをして、乾杯!その後、新郎新婦のスピーチ、新郎の父のスピーチなどを経て、ビュッフェスタイルの食事が始まった。我々3人の周りには、その日朝からずっと一緒に行動していた、○橋大学(新郎新婦が1年間留学した際に、出会った大学)の日本人10名ほどが座っていて、何かと盛り上がった。



パーティでは色々なイベントが、新郎新婦の妹達の進行により進められた。新婦の妹がドイツ語で、ドイツ人の父と日本人の母を持つ新郎の妹が日本語で。台湾式灯篭上げ、ケーキカット、ブーケトス、友人の余興、友人スピーチ、ゲームなどが行われた。その中で、新郎の友人代表の日本人W君がスピーチ代わりに素晴らしい詩吟を披露した。本当に素晴らしかった。そんなW君の次にマイクを握るのは、かなりやり辛かったが、引き受けたからにはやるしかない。日本語をドイツ語に通訳してくれる人がいたので、日本語で、ビアガとの出会い、彼らの日本での生活ぶりを笑いを交えて、そして彼らが素晴らしい"小さな外交官"であるという事を話した。あと、最後にドイツ語での祝福の一言も。途中では笑いも取れたし(大阪人魂)、最後の"小さな外交官"では思いがけないタイミングでの拍手も頂けたし、スピーチが終わった後も色々な人から声を掛けて頂けたし、何よりも新郎新婦が喜んでくれたのでやってよかった。

■お開きは何時?■
友人代表スピーチが行われたのは、夜の22時半頃だったかな?その後、新郎新婦のファーストダンスを皮切りに、ダンスタイムが始まった。ビアガとお父さん(これは泣ける)、ダビとビアガのお母さん、友人、親族など色々な人がDJが流すワルツに乗せてステップを踏んでいた。こういう光景は日本のパーティではあまり見ないなぁ、と思いながら私は遠くの方でのんだくれながら眺めていた。



その後、DJが流す曲が、ワルツからソウルに変わり、ディスコタイムが始まった。私は色々な人と談笑したり、新郎新婦のご両親と話をしたりして、マッタリ過ごした。そして、気付けば〆の挨拶や何かしらのスピーチがないまま、少しずつ人が減り、気付けば深夜3時。名残惜しい気持ちを残しつつも、新郎新婦に挨拶して、ホテルに戻った。もう3人ともクタクタ。でも、長かったが、笑顔に溢れた素晴らしい1日やったし、二人を祝福する暖かい空気に包まれたステキな時間を過ごせた1日となった。お二人共お幸せに!(つづく)

相変わらず小学生の読書感想文並の文章でウンザリやでぇ。。。

2008.10.10 :: また会える日まで・・・

今週は高カロリーな夕食ばかり食べていて、大変危険月曜日は、我が家のキッチンで、立ち食い焼肉パーティを開催。火曜日は中華料理食べ放題。水曜日はインテリア友達5人で焼肉→カラオケ大会。木曜日は普段週末しか会わない音楽友達と会社帰りに急遽集まったゲリラ飲み会でガッツリ。そして、今日。今日は予定無し。久々に休肝日ならぬ、休胃日として、絶対に軽い夕食にする。絶対に。

さっき、会社のAsia Teamの統括者兼役員であるオーストラリア人Gから「退職のご挨拶」なるメールが全世界の社員宛に届いた。来日する度に、我々末端の社員への気遣いをいつも忘れない優しい人やった。私の新しい苗字を1回聞いただけで記憶してくれた。後輩の弟さんが数年前に事故で大怪我した事を、今でも覚えていて心配してくれているとも聞いた。頭の回転も速く、交渉能力も高かった彼は、今後自分の国でファンドを立ち上げるらしい。彼なら、相当数のヘッドハンティング会社から声が掛かっただろうに、"I wanted to challenge" と彼が言っていたように、あえて自分の力だけでビジネスをする選択をした。私が入社した時からずっとお世話になっていた人なので、彼が居なくなるのは淋しいけど、また会える日を期待しつつ彼にThank youメールを返信した。

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shizuco

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11月17日生まれ☆さそり座A型
【趣味】
バンド(Tb担当)☆スキー
☆アウトドア料理
【資格】
インテリア・コーディネーター(相談受付中)
英語関連資格を2つ
自動車関連資格を1つ
【好きな言葉】
ありがとう

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